井上ゆり氏の手から次々と生み出される作品をゆっくり楽しみながら時折口からこぼれでる言葉は、作品と同じくらい興味深い。
カウンター越しに生まれ出る作品に心奪われることは当たり前なのだが、それと同じくらい彼女の鮨に対する真摯な態度に圧倒されてしまう。
「本当に自分にできるのだろうかと迷ったこともあります。」
鮨は長く男性社会のものだと考えられており、正直何度も立ち止まったという。
鮨の世界は仕込みがものをいう。これは食べる側もある程度想像はつくものの、井上ゆり氏が実際に働き始めると、身も心も崩壊しかけたという。
遅くまでお客様の前で精一杯のパフォーマンスを披露し、クタクタになりつつも翌朝には仕込みのために立ち上がり、新しいお客様を迎える準備をする。ある朝突然涙が止まらなくなった日もあったという。
「不安や迷いを抱えながらも、多くの方に支えられて今こうしてカウンターに立つことができています。」
気持ちだけでは割り切れない体調の問題。それでも、それを理解してくれる上司に出会い、仲間に囲まれて、現在の自分があるという。
今、井上ゆり氏が考えるのは、自分の背中を見て進んでくるであろう同じ女性鮨職人のこと。学校にいた頃、同級生に数人鮨職人希望の女性がいたらしい。
井上ゆり氏のように男性社会の鮨職人を自ら選び、立ち向かってゆく同志。そして、これから増えるであろう女性職人。
井上ゆり氏は新しい形を模索している。
好きな仕事で長く働き続けられること。女性として、人間として、生きがいを持って前にふみだせること。
ーほしいものは?
「牛刀」

職人の魂とも言える美しい道具たち。写真は黒檀の柄が重厚な中三徳だが、彼女が次なる相棒として熱望しているのは「牛刀」だという。
ーやってみたいことは?
「鮨屋の日替わり女将」
井上ゆり氏の口から溢れでる言葉には驚かされる。これも鮨を握るだけではない、彼女の魅力だ。
お土産を頼んだ。六式特製の厚焼き卵だ。
「本日はありがとうございました」

同期の職人が焼き上げた玉子焼きとともに。張り詰めた空気がふっと和らぐ美しい瞬間。
卵焼きを焼いているのは同期の職人だという。
手渡してくれた時の井上ゆり氏の表情がふっと和らいだ。厳しい目をしていた鮨職人とは思えないほど、柔らかい笑顔。
鮨六式。幕引きも美しい。




