
手を伸ばした先に控える、井上ゆり氏の重厚な相棒。
手を伸ばした先に井上ゆり氏の相棒が控えている。
切りつけするたびに登場する刺身包丁だ。
整然と整えられたカウンターにどこまでも伸びやかにすらっとした細身の姿をさらしている。
自分の出番を脇で控えて待っている。
丁寧に扱われていることがカウンターからもよくわかる。
重厚な黒檀の柄はツルツルとした表面からいい塩梅に水分を取り込むのか、セピア色に変色し滑りにくく姿を変えている。
切りつけるたびに丁寧に包丁を拭く。
井上ゆり氏の作品を作るためになくてなならない。
井上ゆり氏の手はどこまでもしなやかだ。
「刃が入りやすいし、デザインがいい、どこに置いても馴染む。」
井上ゆり氏が言葉を選んで語る。
井上ゆり氏が作る作品はほとんどが切り目入りだ。
丸ごと頬張ることに躊躇する女性でも人目を気にせず楽しめる。
その仕事を支えているのが井上ゆり氏が頼る相棒だ。
「ただ鮨を握るだけではなく、その背景にある文化や物語までお客様に届けられる職人になりたいと思っています。」
鮨を支えるありとあらゆるものが日本の伝統文化に繋がる。包丁だけでなく、お米、日本酒、器。器は金継ぎの技術が施され、店の主人が愛してやまない様子が目の前の一枚から伺える。器としての価値だけでなく、思い入れや文化を次世代に繋ぎたい心が井上ゆり氏から漂う。
ふと口にした日本酒に感動し、その二日後には生産地である福島へ足を運び生産者と直接会う。その原動力は、鮨への探究心と愛情そのものだ。
そして、実際にその日本酒をカウンターに並べお客に勧める。
自分の手から生まれ出る作品の相棒として、自ら選びにゆく。
井上ゆり氏は自らの相棒たちを探し続けている。

細かい切れ目により、生まれたままの姿が差し出された初鰹。
「初鰹です」
細かく切れ目を入れた赤い切り身。
鮮やかな光輝く一切れ。
普段目にする鰹は一体何者かと思うほど身が膨れ、ゆったりしている。
これも相棒との共演なのか。
次回は井上ゆり氏が考える「料理人を長く続けるとは」という話。





